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MADAM'S DIARY

MADAMの気ままな日記です。訪越の際には、毎日ベトナムから更新します!

  夏の終わり Date: 2008-08-22 (Fri)  

 あれだけ暑かった今年の夏。いつになれば涼しくなるやら、と案じていたのに、1週間ほど前からスコールのような激しい雨が毎日午後に降っては、一雨ごとに涼しくなり、あっと言う間に秋の気配。昨日の夜などはちょっと寒かったくらい。日中はまだまだとは言え、風はもう秋の風でさわやかに感じる。日差しも心なしかやさしげ。
 そしてあれだけしっかりと朝早くから啼いていたせみの声がほとんど聞こえなくなってしまった。地面に出てきてからの短い一生を嘆くかのように声もか細く、暑かった一時期の声とは違って悲しげ。
 
 暑い時は早く秋になってくれないかな、と思っていたけれど、これだけあっと言う間に涼しくなれば、まだ夏の季節の楽しみをし尽くしてないように思え、なんとなくもったいない気がしてくる。暑くてたまらない日々も考えればたった2ヶ月ほど。過ぎてしまえば短すぎると思える夏。時の経つのの早さに付いていけなくて、名残惜しい気持ちでいっぱいの夏の終わり。

 そしていち早く秋を感じるのは街中のショーウインドー。すっかり秋の色となってしまい、まだ夏服で歩いているこちらの方が恥ずかしくなるくらい。まだ8月なのに。
  北京オリンピック Date: 2008-08-9 (Sat)  

 昨日の北京オリンピックの開会式はすごかった。想像以上の演出、スケール。どこを取ってもその度肝を抜く演技やアイデアに驚かされっぱなしだった。中国国民100年の夢をかけた、その思いがまさに結集したような。
 さすがチャン・イー・モウ!世界のレベルを知っていると言うか。色の美しさ、飽きさせないそれぞれの流れのスムーズさ、その中に中国の歴史を知らしめる色々なアイデアがいっぱい詰まった演技の数々。今と言う時を感じさせるあらゆるテクニックを使っての想像をはるかに超えた演出。
そして次から次に出てくる集団演技が、すべて滞りなく出来る中国の思いのすごさ、技術のすごさ。あんなことが出来るなんて、あんなことをするなんて。感動の連続だった。

 回を追うごとに派手になっていき、疑問視される声もあるけれど、それを無視してしまいたくなるような、人間の域を超えたように感じるすばらしい開会式。人間の英知のすごさを目のあたりに見せ付けられた気がした。

 色々な問題を抱えてのオリンピック開催だったけれど、開会式で全てを納得させられたような満足感を覚え、とっても幸せな気持ちになれた。世界の人たちがスポーツで集うオリンピック。この期間だけは誰もが、色々な問題を忘れ、ひたすら競技に集中できたら、少しは平和に近づくだろうに。
  立秋 Date: 2008-08-7 (Thu)  

 連日の暑さが続くが、今日は立秋。
 二十四節気の一つで、大体この頃から秋の気配を感じるようになるのだそう。
 だけどいまいちそれがぴんと来ないのは連日続く暑さのせい。毎日真夏日や猛暑日が続くし、まだ8月初旬。気温の記録更新はまだまだ続くようで、暑さの峠を越すのはまだ先のこと。とても秋の気配なんか微塵も感じられない。

 でも昔は丁度今頃になると、秋の気配を感じていたのだろう。それを思えば随分と温暖化になってしまったようだ。

 ただ街へ出てみると早くも秋の気配。夏物のバーゲンも早々と終わり、ショーウインドーにはもう秋物が並んでいる。こちらは早いな〜。
 いくらおしゃれな服を並べても、この暑さじゃあ見る気もしないんだけど。
 早く着てみたい、と思えるようにならないかな〜。
  水のありがたさ Date: 2008-07-26 (Sat)  

 暑い。毎日猛暑日が続く。今年は参るな〜。
 以前は猛暑日なんて言葉は無かったと思うのだけど、この言葉が使われ始めたのは何年前くらいからだろうか?地球温暖化がすすみ、もっと暑くなると今度はなんと言う言葉が出てくるんだろう?酷暑かな?それ以上だと?いやもうそれ以上のことは考えたくない。
 
 比較的汗をかかない体質なのだけど、今年は良く汗をかく。それで一日に何回かシャワーを浴びて汗を流している。そのたびにさっぱりして良い気持ちになるが、テレビのニュースで報道されていた東北地震のその後。まだ断水が続いているところも多いらしく、この夏場に水が思うように使えない家庭がたくさんあるそう。

 夏場は飲む水の量だって冬場とは違うし、まずお風呂に入れない、シャワーを浴びれない、洗濯が出来ない、と言うのは困る。実際その状態になって始めてわかる水のありがたさ。
 普段何気なく意識もせずに当然と思って使っている水だけど、我が家でも断水の事態無きにしもあらず。ふと水が止まったらどうなるかな?と思っただけでも恐怖。まともな生活が出来なくなるし、電気やガスなどと違って命にもかかわる水だから、余計恐怖感を感じる。
 福岡も何度か断水経験があるけれど、その時は水の大切さ、ありがたみが身にしみてわかり、大事に使わなくちゃ〜と思ったのだけど、喉元過ぎればでいつの間にか忘れてしまっている。汗をかく毎にシャワーを浴びれるありがたさ、洗濯がいつでも出来るありがたさ。少し考えて水を大切にしなくてはとつくづく思う。
  せみ Date: 2008-07-19 (Sat)  

 今年はほとんど梅雨を感じないほど雨が少なかった。そしてその後の暑いこと。まだ7月半ばだと言うのに、猛暑が続く。まあ例年になく雨が少ないのは湿気も少ないと言うことかもしれないけれど、ともかく暑い。
 毎年最高気温を更新している近年。まだ始まったばかりの夏がこれでは先が思いやられる。 
 暑さ寒さも彼岸まで、とは言うけれど、このところの地球温暖化では彼岸過ぎてもちっとも涼しくはならない。だとするとこの暑さはさていつまで続くことやら。

 この暑さで我がマンションのパティオでせみが啼き始めた。ある一定の暑さになると出てくるようで、早朝の日の出前くらいから啼き始め、お昼ごろにはどうにか啼きやんでくれる。だけどそのうるさい事と言ったらたまらない。毎朝せみの声で起こされる日々。でもまあお陰で日の出前の涼しい時に起きれて気持ちが良い、と言うこともあるけれど。
 
 環境問題や地球温暖化が問題視される昨今。こんな街中でせみの声で起こされるのは良いことかもしれない。そしてパティオの木々や葉影にはたくさんのせみの抜け殻。ほとんどがアブラせみ。
 せみは地中で幼虫として約7年、成虫になって地表に出てきてからはたった一夏でその一生を終えると聞くが、うるさく啼くせみも地中からやっと出てきたと思ったら、すぐに命を全うすると思えば、なんとなくその声も悲しげに聞こえる。
 涼しくなればせみの声もなくなることだし、思えばつかの間の声。それを思えばなんとなくいとおしくなって、しっかりと聞いてあげておかねば、と思え、早朝の啼き声も心地よい目覚めをもたらしてくれるようになってきた。しっかりと啼いてください、とでも。
  テレビがなくなったら Date: 2008-07-06 (Sun)  

 スペースを少しでも増やそうとLDの家具の配置を変えてみることにし、
まずは食器棚を横の部屋へ移し、テーブルを動かしてみた。ちょっと窮屈だったところに少し余裕が出来たが、食器棚の横に置いていたテレビがどうも邪魔になる。テレビ線があるので、むやみには移動できないがあちこち動かしてみてもなんとなくすっきりしない。どうしよう?
 ニュースくらいしか見てないし、近頃は点けてもいやなニュースばかり。いっそしばらく見ない生活でもしてみるか、と横の部屋へと移してみた。かなりのスペースを占有していたテレビがなくなってすっきりとしたLDは気持ちが良い。 テレビを見れない辛さよりもこの広々とした空間の方が私にとっては価値があることに気がついた。ニュースや情報はテレビよりも新聞の方があるんだし、しばらくこの生活を続けてみよう。

 そして夕方になった。ふと「あっ、ニュースの時間」と思って振り向くとそこにはテレビが無い。
 習慣とは怖いもので、時間になるとニュースを見るものだ、との行動が体に滲みこんでいる。見れないとわかるとまるで禁断症状のように見たくなるし、いらいらしてくる。禁煙している人たちもこんななのかな?
 でも部屋から又動かしてきて配線をつないだりするのも面倒なので、そのままにしていた。
 
 そして夜。テレビがないとこんなにも時間があるのか、と思うくらいゆっくりと出来る。
 そう言えばあの本読んでなかったっけ、と取り出してきてみたり、ゆっくりと隅から隅まで新聞に目を通したり。
 テレビを点けていると、つまらない番組、と思ってはいてもつい見ては目を取られ、体が動いていない。随分と無駄な時間をテレビに費やしていたのかも。絶対に見ておかないと困る、と言うほどの番組もなかろうし。

 一生の時間の1/3は睡眠、1/3は仕事、1/3は家事や自由な時間と聞いた事があるけれど、その自由な時間をテレビを見ることで無駄にしてしまうほどもったいないことは無い。大切な時間を有意義に過ごすためには一番良い方法かも。
 テレビが見れない禁断症状もすぐに慣れてなんともなくなることだろうし。
  うそと過去を洗い流す石鹸 Date: 2008-06-27 (Fri)  

 運転しながら聞いていたFMのトレンデイーニュースとして紹介されたのは「うそと過去を洗い流す石鹸」
 ん?それって本当。もしそんな石鹸があるんならぜひ使ってみたい。いままで生きてきた人生の中で消したいうそや過去は山ほどある。あ〜あの時、あんなことしなければ良かった、言わなければ良かったとか、急に色々なことが頭の中をめぐり始めた。出来ることならしっかりと洗い流して、初心に帰り、やり直せるならさぞかし気持ちの良いことだろう。
 でもたかが石鹸ごときでそんなこと出来るんだろうか?期待の気持ち半分、疑いの気持ち半分だけど、しっかりと聞きたくてボリュームを上げて、運転しながらも耳をダンボにして聞いた。

 九州のとあるメーカーが売り出した竹墨石鹸で、真っ黒の石鹸に「うそ」、「過去」と彫ってあって、洗うたびに石鹸の字が少し筒消えていき、最後にはなくなってしまうのだそう。
 ちょっとユーモアを聞かせた遊び心のある石鹸で、なかなか面白い発想。なるほど。でも期待の気持ちは失せ、ちょっとがっかりさせられた。期待してたのに〜。
 やっぱりうそや過去はもう消せる物ではないはず。それに期待するほうがおかしいのだけれど。
 でもユーモアのわかる人にプレゼントするのは楽しいかも。そして自分で使うときに少し筒洗い流されている、と思えばこれも楽しい。
 それにしても一瞬頭をよぎった消したい過去やうその多い事。本当に消してくれる何かが出てくれば良いけど、でもまあちょっと買って使ってみても良いかな?
  キャンドルナイト Date: 2008-06-21 (Sat)  

 今日はお昼の時間が1年でもっとも長い夏至の日。
 といっても梅雨の真ん中。今日の福岡は大雨注意報が出るくらいの土砂降りで、昼間が長いかどうかを考えるよりも真っ黒な雲が低く垂れ込めた空が心配で憂鬱な日だった。

 そんな今日は「100万人のキャンドルライトの日」だそう。 2003年から夏至と冬至の日に夜の8時〜10時まで電気を消してキャンドルの火だけで過ごしてみよう、との趣旨で始まったイベントで、色々な団体が参加し、世界中によびかけられて広がっているそう。
 キャンドルだけで過ごしてみれば、地球環境にも良いし、電気のありがたみもわかるし、家族との過ごし方、時間の使い方なども変わるだろう、と。
 「電灯の灯を消してスローな一日を」、と言うことで、我が家もこの2時間キャンドルを灯して過ごしてみることにした。台風が来て停電した時用に買い込んでいたろうそくやいただいたおしゃれなろうそくは普段ほとんど使う事も無かったで、この際使ってみるかと色々出してきて灯してみた。

 全部の明かりを消して部屋のあちこちにろうそくを灯すと、なんとなくムードがあって気分が良い。ゆらゆらと揺れる炎は暖かみを感じ、時がゆっくりと流れるようで癒される。初めてのことでもあり、ぼんやりと椅子に座って過ごしてみたが、色々と考えることも出来、思いがけず良い時間だった。
 
 一応今回は7月7日までのイベントで、少し筒盛り上がってきていると聞いたけれど、外を見ればいつもと変わらない夜景。この企画もっと広がれば、エコや環境についての意識も高まるだろうし、色々なことを考えての自分の意識も変わるだろうに。
 たった2時間だけど、世界中のみんながやればどれくらい地球のためになるか。CO2削減!と叫ばれるなか、これを勧めるだけでもすごいエコ運動になると思うのだけど。
 我が家だけでもしばらく続けてみるか。
  ターシャ・チューダー Date: 2008-06-8 (Sun)  

 その生き方、ライフスタイル、ガーデニングが話題となり、日本でも写真集や絵本がたくさん出版されているアメリカの絵本作家ターシャ・チューダー。その展覧会を見に行った。

 人生の前半は多難であったにもかかわらず、絵本作家として成功し、その印税で56歳の時にアメリカのバーモント州に30万坪の土地を買い、以降そこでコーギー犬と共に生活しているターシャ。
 92歳の今でも現役で古い昔の生活様式の暮らしを続け、こつこつと手入れしてきた庭にはいつもたくさんの花が咲き乱れている。
 毎日好きな時に庭の手入れをし、季節の花々に囲まれ、四季折々の作業の合間にゆったりとハーブテイーを飲み、家族の為にお菓子やクッキーを焼く生活。
 驚いたのは毎年秋にろうそくを1000本作ってストックしておくそうで、エコでもあり、自然、四季と一体化した生活。一つ一つの行動、作業は時間がかかるけれど、簡単な方向に流されずに毎年欠かさず続けてきたことは脱帽物で、感動させられる。
 そんな時間に左右されない、社会の成り行きに流されないゆったりとした生活は、現代社会で忙しい人たちにとっての憧れ。うらやましい.....。 会場のあちこちでもため息が漏れる。

 私もそんな田舎暮らしにあこがれて街から少し離れた田舎に住んだり、パッチワークをしてみたりしたものだけれど、結局あこがれのライフスタイルとは程遠く、又街中へ戻ってきてはせわしない生活をしている。いつの間にか忘れてしまっていた田舎暮らし。
 忙しくしている私達とターシャが培ったもの、残したもの。どちらが価値があるかな?と考えさせられる。忙しくしているだけで結局無駄な時間を費やしてきただけかも。今となっては無駄に思える時間の使い方が一番豊かなのかも。
 
 久々に田舎暮らしの夢を思い出させてくれたターシャ展。ターシャの年を考えればまだチャレンジできる!と勇気付けられた。
  いくつになっても Date: 2008-06-086(Fri)  

 まだ良い写真が撮れてるわけではないけれど、一眼レフで撮り始めるとその画像の美しさは比べ物にならず、いつの間にかコンパクトデジカメは引退となり、今ではほとんどの画像を一眼レフで撮っている。心配していた大きさ、重さも慣れればたいした事も無い。
 でもたくさん付いたボタンやダイヤル、レバーは今だに良く使い方がわからず、適当に動かしては数枚撮って、その中の良いものを残す、と言うやり方。失敗作はすぐに削除出来るのもデジカメの便利さ。
 そんな中、突然オートフォーカスのピントが合わなくなった。シャッターを半押しすると自動でピントを合わせてくれる時のあの快感。それがぜんぜん動かない。初期設定に戻してもダメ。買ってまだ半年も経ってないのに、もう壊れたのかな〜。あ〜あ。たまたま近いこともあってメーカーの支店に問い合わせて持ち込んだ。
 
 なんと言うことはない。いつもオートにしているボタンがマニュアルになっていただけのこと。「動かした覚えはないし、いつの間に」と言う私に、「無意識に動かされたんでしょう。他もチェックしておきましょう。」と親切に見てくださったけれど、まったく異常なし。
 たったこれくらいもわからないのかい?持つなら持つでちゃんと勉強しなさいよ。とでも言われそう。
 一眼レフをかけているとよほどのマニアかプロっぽく見えるのに、見掛け倒しで恥ずかしくて顔が赤くなりしっぽを巻いた犬のようにそそくさと支店を出た。
 その後買い物をしていてふと気がついたら携帯電話が無い。あちこち探したけど見つからない。そうだ最後にあの支店でかけたんだっけ。ならあそこにあるはず。仕方が無い。もう一度行ってみるか。
 でまたしてもメーカーの支店に行って、恐る恐る入ると、先ほどの方が顔を見るやニコニコ(と言うより笑っていたのかも)しながら携帯を持って来て下さった。きっとあきれ返っていらっしゃることだろう。いやあ一度ならずも二度までも恥じをかいてしまった。

 昔っからおっちょこちょいで忘れ物が多く、この類のことは日常茶飯事だけど、良い年して学習してないな〜、と今日はなんだかとても情けなく思えた。これからもっとひどくなるのかな?との恐怖感も。気をつけなくっちゃ。
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